節目の一戦、長谷部がドイツで主将として先発するのは初めてだった。「日本代表でも長く(主将を)やっているし、特別な何かはなかった」。守備的MFで前半26分と後半31分には原口のドリブル突破を巧みに止め、攻撃では前半30分にヘディングシュートを放つなど、セットプレー時にはゴール前に顔を出した。後半途中で退場者を出し、敗色濃厚な中、手をたたいて仲間を鼓舞し続けた。
試合後は出場記録よりも「チームの結果が一番なので」と悔しがった。そして、奥寺に並べたことに「30年以上前にこの素晴らしいリーグで、奥寺さんという素晴らしい選手がいたと、もう1度皆さんに知ってもらえる」。先駆者に敬意を表す言葉が長谷部らしかった。
さまざまな監督の下、出場機会を積み重ねられた要因を「僕は点を決める選手じゃない。チームがより良い流れになるよう、常に頭を使いながらプレーしてきた」。技術だけでなく戦術理解度、リーダーシップを武器に偉大な先人に追いついた。(鈴木智貴通信員)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170227-01784789-nksports-socc
いつの間にか奥寺さんの出場記録を抜くまでになった
いつの間にか日本人トップ選手になっていた
五輪落選した選手が歴代日本人トップの1人になった
不思議なものだ
誰が年齢的に遅いとか言ったんだよ。
勝手に話作るなよ。
いや、言われてたよ
当時は22才までの欧州移籍が普通だったし
本人が威張らないからだろうけど
ホントに適応力抜群だったんだろう
当時は外国人枠もあったはずだから試合に出続けるのも今よりは難しかったはず
奥寺尾崎の経験を引き継げなかったのは損失だよなあ
その後ははっきり記憶しているのはカズまでいないし
そういえば水島武蔵は何しているんだろう
日本人の永遠の課題だな
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